Sunday, May 11, 2008

つづき---iPS細胞ってなに---

 iPS細胞とは、一言で言うと「体細胞から作られた胚性幹細胞(ES細胞)」である。これだけでは、何のことやら分からないので、ひとつひとつ説明したい。まず、体細胞とは、体中の細胞のうち生殖細胞以外の細胞を指す。生殖細胞とは精子、卵子、またはそれらになる細胞であるから、体細胞とは骨、筋肉、内臓や脳といった身体を構成する各組織、各臓器を作っている細胞のことで、ほとんど全ての細胞を指すことになる。次に、胚性幹細胞である。胚性幹細胞は、英語ではEmbryonic stem cellと言い、頭文字をとってES細胞と言われる。一般に新聞ではiPS細胞、ES細胞は英語で表すことから、本稿でもここから標記をES細胞とする。iPS細胞は、体細胞から細工をしてES細胞を作り出すことから、英語でinduced Pluripotent stem cellと言い、頭文字をとってiPS細胞と言われる。略した時の最初の文字であるi(アイ)が小文字なのは、iPodやiMacをまねて小文字にしたようである。この細工の仕方が巧妙であったことと、体細胞からES細胞はできないと考えられていたため、iPS細胞が注目を浴びた。

 幹細胞の定義は、「多分化と自己複製能を有した細胞」となる。多分化能とは、多くの種類の細胞に分化できる能力のことを指す。また、自己複製能とは、分裂することにより自身と同じ種類の細胞を作り出す能力を指す。複製とは、2倍、4倍と増えていくことに他ならない。受精卵が有する性質である全能性とは、英語ではTotipotencyと言う。受精卵は、子宮内で発生することで全身の細胞に分化することが可能である。ES細胞やiPS細胞に良く使用される万能性とは科学的な意味合いはなく、治療戦略を考えるといろいろな用途に用いることが可能であることを直感的に表現したものである。生殖細胞(卵子や精子)を含めた全ての細胞になることが全能性であり、このような能力を有している細胞としてES細胞とiPS細胞があげられる。もちろん、受精卵ならびに受精後何回かの分割卵の個々の細胞は全能性を有しており、生殖細胞由来の細胞にもこのような全能性を有している細胞が存在しているが、ES細胞及びiPS細胞が実際に医療の現場に最短距離にいることは間違いない。

 iPS細胞の作り方を理解するのは決して簡単ではない。体細胞に対して、4因子を導入することが必要となる。現在は、3因子でも可能とされており、将来は因子の数を2因子にしたり、1因子にすることが可能となるかもしれない。ここで言う因子とは、具体的には遺伝子のことを指す。sox2, oct-4/3, klf-4, c-mycと言われる4つの遺伝子をここでは、4因子としている。山中氏のすばらしい点は、この4因子の発見と、もうひとつは因子を導入したところで体細胞はES細胞に変身することはないと思われたことを覆したことである。「自然の摂理が間違っていたんだよ。」とiPS細胞作成に対して、悔し紛れにわれわれの間で話すが、実際には何かしっくりこないところはある。コロンブスの卵ではあるが、4因子のうちの2つが細胞の性質を変え、残りの2つが細胞の性質を維持することに働いていると予想されている。

 なお、ES細胞は受精卵が発生した胚盤胞の一部から作成することより、倫理的に問題があるとされている。iPS細胞は、体細胞から作成することより、ES細胞に比較し、その倫理的な問題点はかなり少ない。倫理学者が倫理的な問題点が全くないわけではないと指摘するものの、ヒト生命の萌芽を滅失する必要がないところは大きい。現在は、ES細胞及びiPS細胞から生殖細胞を作成することが禁止されているが、われわれは生殖細胞を作り出すことが問題ではなく、作り出された精子や卵子を受精させることが倫理的に問題と考える。もう一度、ES細胞の歴史、iPS細胞の歴史をひもとくと、1981年に米国にてマウスES細胞が樹立され、この発見に対してノーベル賞が与えられた。1998年にヒトES細胞の樹立が報告された。この論文を読んだときには、ヒト胚盤胞を滅失することから、そんなことをしていいのかと驚いた記憶がある。2006年にマウスiPS細胞、2007年にヒトiPS細胞が樹立された。発見とせずに樹立と言うのは、これらは永遠に増え続ける不死な細胞であることからである。



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