Sunday, April 18, 2010

基礎研究における倫理問題---リスク・リスク問題--

 基礎研究の倫理審査において、ここ10年程度に渡り多くの時間を費やしてきた。ほどんどは倫理審査をする側ではなく、研究者として申請する側である。ゲノム指針が施行されてからすぐに申請を開始したこと、またヒト細胞を用いた研究を中心に行ってきたことより、倫理申請に精通することで、倫理申請に関して不得手な研究者に比較すると、ヒト細胞を使用した多くの研究を独占できてきたところもある。また、ヒト細胞を用いた研究に関する科学研究費を獲得することになった。倫理審査を受けるという、現代科学では必要不可欠なプロセスではあることは間違いないが、同時に優秀な科学者であるが倫理審査手続きが不得手であるが故に研究を進められていないことをしばしば見る。社会的な手続きが不得手である科学者達の能力が活かされていないのは社会にとって損失であり、医学研究である場合には患者にとって結果として不利益になるように思っている。
 
 さらに、その結果として倫理が厳しすぎるために患者に解決策がいかなくなるというリスクが増大することが考えられる。事実、倫理問題を解決できていない研究者は、ヒトを対象にする研究が遅れたり、行わないような傾向にある。誤解を恐れず言えば、一般的に倫理審査委員会にかかわる時間を取られることを嫌う科学者は研究レベルが高いように感じる。このような感じ方には、客観的な事実があるわけではないので、大きな反発を受ける可能性があるものの、倫理審査にかかる時間を軽減することで、実際の研究時間を確保できると予想する。この議論は、結構重大であると思う。倫理の問題が解決できずに進まない研究は確実にあると思っている。患者が不利益を被らないように進めてきた倫理審査自体が、科学の進歩を遅らせるというリスクを生じているという事実があるように感じている。科学の進歩なら兎も角という方がいるだろうが、同時に治療法が開発されないために、治療できる可能性があった患者が罹患している疾病により患者が不利益を被るリスクもある。二つのリスクの問題は、改めて専門家に議論を進めて貰いたいと思う。倫理にかかる議論はレベルが高く、現場の科学者が時間を割くことができないという現実もある。
 
 倫理的手続きが煩雑でない中国において、多くの白血病患者を救うことができた薬剤を開発できたのは偶然ではないと考えている。1988年それまで非常に治しづらい白血病であった急性前骨髄球性白血病(APL)が活性型ビタミンA all-trans retinoic acid (ATRA)により高率の完全寛解に到達することを世界で始めて報告された。発表があった時、世界は「嘘だろ」と思った。しかし世界各国で同じ治療をしてみると、中国の報告が正しいことを裏付ける結果となった。ATRAを内服することにより、白血病細胞を正常な細胞に分化させ治癒させることができる。 この治療を「分化誘導療法」と呼ぶ。日本においても1990年以来化学療法難反応性 APL患者にATRAを使用し、80%以上の完全寛解が得られることを確認し、分化誘導療法がガン治療の一手段となることを明らかにされた。また、中国にて、APLの治療に、毒薬であるヒ素が有効であると報告された。ヒ素化合物の一つである「三酸化ヒ素」がAPL患者の初期治療の一つに選ばれるべきである ことを示している。中国上海からは、APLに対する「第一選択薬」としてヒ素を使用すると良いという臨床データが出ている。ATRAとヒ素を併用した治療で生存率が有意に上昇した。1980年代後半から1990年代前半に中国にて著効する製剤が臨床研究により開発されたのは倫理的手続きが中国で煩雑でなかったことがその理由のひとつであると思っている。


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