上記の本に解説をつけた。前のブログにも記載したとおり、7月24日に「小さな命を呼ぶとき」が映画で日本にて上映されます。
面白い本なので読んでください。
The Cureは子どもが助かる感動物語風となっていて、子どもが救われていく過程が書かれています。一方、Chasing Miracleは、Johnの視点から書かれており、ひどい貧乏からハーバード大学に入学し、MBAの取得、大手製薬会社に入社し、新薬創薬にチャレンジし成功し、自らの子どもを救うというサクセスストーリーです。ビジネスに熱意を持った青年が、同じ遺伝子異常を持った奥さんとの不思議な出会い、偶然、チャレンジ、成功を経験するという自伝となっています。医療ビジネスが、酵素製剤をうみだす観点から書かれており、ハリソンフォードの役柄からの記載がされているという本です。創薬とビジネスという、こちらの本がおもしろいと思う方は多いと思いますよ。
CHASING MIRACLES 監修者解説っていうよりも何か物語を読む前の食前酒のような書き振りです。実際の本になったところは、プロの編集者が訂正していただいているので、下の文章とは異なりますし、またちょっと書き換えています。また、実際にご指導いただいた、K先生には感謝の気持ちでいっぱいです。今度、また、どこかで書きますね。
解説の始まりです。
2007年10月の話である。娘が教わっている家庭教師の先生を家まで送った後に自宅に戻る途中に車の中でJ-waveという若者向けのラジオ局を聞いていた。私を含めて通常のリスナーは番組中で音楽を期待してラジオをつけているのだろうが、ちょうど環状8号線から世田谷通りに右折しようとしたときに、聞き慣れた小児科の奥山虎之(とらゆき)先生の声がラジオから聞こえてきた。何事かと話を聞いてみると、リソソーム蓄積症の酵素補充療法がお薬として国に認められたという。知り合いのお医者さんがラジオ番組に出演していることを誇らしく思うとともに、難病のお薬が日本で承認されたことを嬉しく思った。また、リソソーム蓄積病に関するむずかしい話を聴く人がいるのだろうかとも同時に感じた。このお薬が認められたことがいかにすごいことかというと、当時の舛添厚生労働大臣もこの偉業に記者会見したことからも分かる。お薬が認められたことは、リソソーム蓄積症の子ども達にはすごく嬉しいことだ。この本の作者であるジョン・クローリーの子どもはこの病気であるリソソーム蓄積症のひとつであるポンペ病になり、彼自身の手でこのお薬を開発した。
ポンペ病に関して、この本を読む前に知っておいた方がよいことをお伝えしたい。ポンペ病は、身体の血液を全身にめぐらせるポンプの機能を持つ心臓と、身体を動かすのに使う骨格筋の調子が悪くなる病気だ。作者であるジョンの子どもであるミーガンやパトリックが車いすを使っているは、このポンペ病により骨格筋の働きが悪いためである。糖(そう、お砂糖の「糖」である)を分解して私たちはエネルギーとして利用するのだが、ポンペ病の子ども達にはその分解をする酵素がないため、心臓や筋肉に分解されるべき糖(グリコーゲン)が蓄積する。その蓄積物のせいで、心臓や筋肉の調子が悪くなり、運が悪ければ幼児や小学生の頃に命を落としてしまう。呼吸をするのもたいへんであり、ミーガンやパトリックは呼吸器をつけていて、ときどき痰をはき出すことができずに窒息しそうになる。
このポンペ病は遺伝病だ。お父さんやお母さんの遺伝子の片方ずつがやはり調子が悪く、その調子が悪い遺伝子をミーガンとパトリックは受け継いで病気になってしまった訳だ。調子が悪いというのは擬人的に使っているだけで、正確には遺伝子に変異があるという。また、片方ずつというのがむずかしくて分かりづらいかもしれないが、私たちはみんな遺伝子を二セットずつ持っていて、ジョンとその奥さんのアイリーンは片方が壊れていた。だいたい四万人にひとりの頻度でなる病気で、とても稀な病気である。ここから先は難しいけれども大事な話だから、しっかり聞いて欲しい。いつも私が慶應義塾大学医学部の学生に学期末の試験に出題する問題だ。ジョンとアイリーンのように片方の遺伝子が壊れている人を保因者っていうのだが、四万人にひとりがかかる病気(遺伝病)だと、百人にひとりは片方の遺伝子が壊れていることになる。四万人にひとりというと頻度が低いように感じるだろうが、結構、保因者の頻度が多いのは驚くことであろう。ポンペ病のような遺伝病の数をお伝えすると、常染色体優性遺伝疾患は735、常染色体劣性遺伝疾患は521、伴性劣性遺伝疾患は107で合計すると、ひとつの遺伝子が病因になる疾患だけでも1374に上ると言われている。誰か一人に注目してみると二万くらいある遺伝子のうち、だいたい10個くらいの遺伝子は壊れている。正常のように見えているけど、私もやはり10個くらいの遺伝子が壊れていて、この本の話のように偶然その壊れた遺伝子が同じものだった場合に病気として症状がでることになる。同じ遺伝子が壊れた者同士が結婚し子どもを授かった場合、四人にひとりは症状がでる。だから、ジョンとアイリーンのように三人の子どものうち二人が病気になる確率は低く、二人は運が悪かったとも言える。病気自体は稀ということになるが、保因者はそれなりにいるのだ。繰り返すが、「誰でも」10個の遺伝子に異常を持っていて、何もこの話の主人公であるジョン・クローリーやアイリーン・クローリーは特殊という訳ではない。
作者のジョンが開発したポンペ病のお薬は酵素という蛋白質というものからできていて、酵素を病気の子ども達に注射して治すことから、酵素補充療法という。この新しい治療法である酵素補充療法が私たちの病院で軌道に乗ったころに、子ども達の笑顔を見に病院の外来まで行った。この病気の子ども達はこの本にもでてくるように動くことができなくなっているにもかかわらず、子どもたちが点滴の針が痛いと暴れようとしていた。お薬のおかげで暴れることができるくらい元気になったということだ。もちろん、暴れていてはお医者さんが点滴できないから、お母さんと何人かのお医者さんとで、注射しやすいようにする。実際に子どもたちを押さえつける両親や医者や看護師よりもこのときに力を発揮するがアンパンマンのビデオだ。女医さんが病気の子どもの上からポータブル・ビデオを持って、好きな場面を見せると注射がしやすくなる。アンパンマンは正義の味方であるのは知っていたが病院の中でもお医者さんや看護士さん達を助けてくれる。このお話にでてくる病気のミーガンもやっぱり注射が大嫌いで両親とお医者さんを困らせている。折角、お父さんがお薬を開発してくれたのにと思ったけど、注射が嫌いっていうのは仕方ないかな。
病気の子ども達は毎週病院にお母さんかお父さんとやってきて、お薬を注射して貰う。これを点滴といい、お薬は血管を通じて子ども達に運ばれていく。点滴をするために腕に注射することになるが、毎週注射するから腕の血管になかなか針が入らないことがある。一緒に働いている田中藤樹(とうじゅ)先生はこの薬が認められるときの立役者であり、痛くない注射をすることで有名であるが、その日はどうしても血管に針が入らなかった。針が入らなければお薬が入らないのでたいへんなことで、みんなに緊張が走った。子どもも不機嫌になっていき、ビデオの機械の重さで一生懸命にアンパンマンのビデオを見せる女医さんの腕もしびれてくる。さあ、たいへん。お医者さんも脂汗。そのとき、医者が「呼びましょうか。」と言って、皆が一回休憩した。すると、どこからともなく青い手術着の総合診療部の先生がやってきて、子どもの腕に触れると一発で点滴の針を入れて帰って行った。どこに血管があるのかも分からないのに、黄金の指先を持つ、その医師はなんなく血管の場所を探り当て点滴を入れて帰って行った。その医者には、指先で血管のありかが分かるらしい。注射が入らないときのその場の緊張感はすごいものがある。この本のお話の中では小学生になっていたミーガンもチクっとするこの注射のときには、嫌で嫌で泣き叫んだのだ。お父さんのジョンもたいへん困ってしまったけど、最後にどうなるかはお話の中で。
難病を救う、きっかけって何なのだろうか。この本の著者は実際に子ども三人のうち二人がリソソーム蓄積症のひとつであるポンペ病だ。ハーバード大学で糖尿病を治そうとしているメルトン教授の子どもも難病であるI型糖尿病に罹患している。子どもが病気になった場合に、ビジネスマンであるジョン・クローリーも生物学者であるメルトン教授も、お薬を創る分野に挑戦した。また、私が勤めている子ども病院である国立成育医療研究センターでは、患者だけでなく医師、科学者、職員自身が病気を持っていながら、科学及び創薬の分野に身をささげている人たちがいる。家族が死に至る病気になり、自らがその病気に対し立ち向かっていくジョン・クローリーは例外ではないと思っている。また、もうひとつ言いたいことは、ビジネスと創薬の関係だ。お薬をつくることには、ビジネスの力は必要不可欠である。良いとか悪いとかの議論でなく、実際に難病の子どもたちに薬を届けてくれたジョン・クローリーは、ビジネスの専門家であることは忘れてはならないことであると思っている。
最後に、著者と訳者の共通点に触れたい。ポンペ病に対する酵素製剤を開発し、このお話の著者であるジョン・クローリー氏も訳者の山本雄士氏もハーバード大学経営学博士(MBA)を有している。この学校は、朝から晩まで一緒に生活し勉学を共にするためか、クラスメートのみならず卒業生全体がひとつの組織体として行動するように思える。また、文字通り同じ釜の飯を食うことになり、卒業生が家族のように振る舞う。MBAの卒業生でありライフテクノロジー社のCEOであるグレッグ・ルシア氏が私のところにやってきて、ポンペ病を含むリソソーム蓄積症の子ども達に対して再生医療にとりくもうと提案してくれたときも、この本の著者であるジョン・クローリーがハーバードのMBAの卒業生であると指摘して同窓生であることを強調していた。その卒業生はビジネスで成功を収めた人たちが多く、ルシア氏も年収10億円、ストックオプション100億円である。ビジネスでの成功のみならず、ハーバード大学経営学博士のルシア氏も山本氏も独特の雰囲気を持っている。魅力的な言葉遣いと共に、話題が極めて豊富であり、いつも食事をどこでするかを考えて、話し相手を驚かせる。ルシア氏も山本氏も、私が初めて会ったときに言った話題が、「サンディエゴで一緒にランチを食べよう。友達も誘おう。何を食べようか。」であった。この本を読み進める時に、ジョン・クローリー氏がやはりその雰囲気を有していることを理解できるであろう。人間的な魅力は、難病に対する新薬開発には必要な資質のひとつなのかもしれない。
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