Wednesday, February 21, 2007

再生医療とゲノムインプリンティング

 昔(平成18年6月16日号)のサイエンス誌を読んでいたところ、「骨髄細胞から卵子ができなかった」というNature論文に対するコメントを掲載していた.生体内で体細胞から生殖細胞が形成されるというアイデアは魅力的ではあるものの、どうも現実ではないらしい.しかし、不妊の患者にとって体細胞から精子や卵子をつくりだすことができれば福音となる.その一方、配偶子形成過程では、ゲノムインプリンティングが正確に生じなくては発生過程に障害が生じ、奇形につながる可能性を否定できない.

 その約一年前の衝撃的な発表は白血病で骨髄移植を受けた女性の患者さんが少し心配になるようなものであったが、長くなるがまとめてみたい.ハーバード大学・マサチューセッツ総合病院の生殖医療ビンセント・センターにあるTilly博士のグループが、「骨髄細胞や末梢血に由来する細胞か卵子が形成された」という論文を平成17年7月のセル誌に発表した.このことをそのまま解釈すると、白血病になった女性の患者さんは骨髄移植を受けた場合、そのドナーの細胞に由来する卵子ができてしまうことになり、ドナー(他人)の卵子を有し、子供を設けることができた場合はややこしいことになる.実際の論文ではマウスを用いており、ドナー由来の骨髄細胞や末梢血細胞は生殖細胞ならびに卵子のマーカーを発現するようになるものの妊よう性は有していない.

 Tilly博士らは、ドキソルビシンで処理することで原始卵胞を少なくしたところで2ヶ月後には卵胞の数が回復することから、なんらかの体細胞に由来する細胞が卵子をつくるのではないかと予想した.そこで卵子マーカーであるOct4, Mvh, Dazl, Stella, Fragilis, Noboxを骨髄細胞で調べたところ、量的には少ないもののいずれも発現を認め、それらの遺伝子発現は24歳から36歳の成人女性ドナー骨髄でも検出された.驚きの連続で恐縮であるが、Mvhを発現する細胞はlin陰性・Sca-1陰性・c-kit陽性の分画にあり、接着する細胞分画にも存在していた!継続する3回の継代後にもOct4, Mvh, Dazl, Stella, Fragilis, Nobox遺伝子の発現は続き、培養期間は6週間にもなった.また、化学療法で不妊となったマウス卵巣に、骨髄移植により形態学的に卵胞が形成されるようになる.さらに遺伝的な不妊マウス(atm欠損マウス)に対しても骨髄移植は生殖細胞形成に有効である.末梢血細胞移植まで卵子形成を回復させる.Oct4-GFPマウスに由来する骨髄細胞から「分化」したとされる卵子は、免疫組織学的にもMvh, Nobox, GDF-9といった卵子マーカーを検出できたという報告である.

 「体細胞から正常な精子や卵子を試験管内でつくることはできますか?」という質問はいつも自分自身に問いかけているものである.Tilly博士の発表は、体細胞は生体内で卵子になることを意味している.生体内ばかりでなく、試験管内においても精子や卵子を体細胞からつくりだすことができれば、精子や卵子のドナーにかかわる問題も解決する.可能性は二通りあり、自分自身の体細胞を単離してきて核移植し、胚盤胞まで発生させ、内部細胞塊をとり、胚性幹細胞を作製し、精子・卵子をつくる.もう一つの方法は、体細胞を核移植することなく、生殖細胞に分化転換させることである.体細胞からいっぺんに生殖細胞にすることはむずかしいであろうから、体細胞を一度脱分化させ、多能性幹細胞ないしは胚性幹細胞「様」とする.その後の手順は一つ目の方法と同じであり、二つ目の方法も体細胞の細胞質を卵子と同じようにすれば、生殖系列への分化が理論的には可能になる訳である.生殖系列における再生医療には,動物実験で用いることが可能な手法がヒトでは限定されてしまう.生殖細胞の場合は,Oct-3/4, TNAP, Vasaの転写調節領域を用いて単離できるが,ヒトにおける場合は遺伝子を導入することは全く許されない.故に、生殖細胞系列を同定するには、遺伝子の転写調節領域を用いた方法ではなく、表面抗原を同定することが極めて大事なこととなる.

 ゲノムインプリンティングは父親由来のゲノム、あるいは母親由来のゲノムからのみ発現する遺伝子群の発現調節にかかわる機構であり、父親由来と母親由来のゲノムとの間に機能的な差異を与える.このゲノムインプリンティングは生殖細胞系列でリプログラムされ、精子は父親型、卵子は母親型にインプリントされている.受精から始まる個体の一生の期間を通じて、インプリント記憶は体細胞系列で消えることはない.一方、生殖細胞系列ではその個体の性別に応じて、男性であれば精子形成までに女性であれば卵子成熟の間に、新たなインプリントが生じる.体細胞から生殖細胞を形成するという考えは、クローン動物と同様の危惧がある.クローン動物で報告されているような巨大胎盤、胎仔奇形を生じる可能性があり、正確にゲノムインプリンティングが生じるという科学的根拠が提示されて初めて「体細胞→生殖細胞」の再生医療が社会に受け入れられる.

 生殖細胞における再生医療においては,体細胞にはない厳密性が要求される.間葉系幹細胞を初めとする体細胞の場合では,心筋細胞、骨格筋細胞、骨細胞、軟骨細胞に分化する場合、ゲノムのエピジェネティクスは重要ではあるが厳密に制御されていなくとも心筋、骨格筋、骨、軟骨ができてしまえばよい.一方、生殖細胞では上記のように配偶子形成過程で細胞の供給源をとわず、正確なエピジェネティクスが保たれていることが必要となる.



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