再生医療に利用できる組織、臓器、細胞供給源として、子宮、胎盤、臍帯、卵巣、卵管があげられる。手術の切除対象となった場合には、それらの組織に由来する細胞は貴重な再生医療の供給源となる。ここでは、月経血に由来する細胞が、再生医療に利用できることを議論したい。月経血に対する先入観があるかもしれないが、科学的事実に基づいた議論が大事であることを強調したい。
月経血由来細胞の分化には、他の細胞との比較において特徴がある。骨格筋への分化及び心筋細胞への分化が顕著に認められる。培養し、増殖させた月経血由来細胞は間葉系細胞と考えられ、その分化は骨髄由来の間質細胞または間葉系幹細胞のような骨、軟骨、脂肪、骨格筋、心臓、神経といった分化形質を同じと予想した。しかし、月経血に由来する細胞には、骨髄由来細胞と比較し、骨格筋、心筋への分化傾向が強い事実がある。これは、月経血由来細胞の発生学的な要因からなると考え、形態、発生の面を知ることが肝要である。
月経血由来細胞を利用して、再生医療を考えていることを伝えると2種類の反応が返ってくる。ひとつは、「培養できるの? 細菌や真菌のコンタミは?」という質問である。これは、抗生物質や抗真菌剤を用いれば全く問題ない。現実的には、抗生物質だけで十分である。細菌や真菌のコンタミを経験はない。二つめは、「えっ?月経血?再生医療に使用するのは嫌だな。」という反応である。月経血由来といっても、培養過程で得られる細胞は他の組織由来の細胞となんら変わることはない。見た目は少なくとも同じである。
利点は2つである。一つめは、月経血採取に痛みを伴わない点である。骨髄穿刺は、自身が受けた経験から言えば麻酔が効いているので強くはないが少なくともある程度の痛みを伴う。二つめは、月経血中に含まれる細胞数が極めて多いことである。後述するような子宮内膜が剥脱する訳であるから、ある程度の組織量が含まれており、塊と思われるところは全部組織であるととも考えられる。細胞数が多いことは、再生医療に用いる細胞が多く得られることを意味する。また、senescence(培養過程における不可逆的な分裂停止または細胞老化)に至るまでの分裂回数は25回を超える。細胞分裂速度も通常のウシ血清と培地(DMEM)で早く、培養自体が容易であることは大きな長所である。
月経血は、子宮内膜機能層から剥脱した組織・細胞を含む。排卵後、10日から12日すると、月経黄体が退化し、プロゲステロンの血中レベルが低下することにより、子宮内膜は退縮し、3-4mmの厚さとなる。これに続いて、らせん動脈の痙攣が起こる。らせん動脈は子宮内膜の機能層に分布するから、その痙攣は機能層の酸素欠乏を来たし、壊死を招く。血液は荒廃した血管壁から漏れだし、機能層をはがしおとす。これは融解酵素の働きによって自己融解して血液とともに排出され、月経となる。4日前後のあいだに、子宮内膜の機能層は完全に消失する。
分泌期の子宮内膜は、増殖期において厚みが増した内膜上皮の増大がさらに著しくなる。内膜は5-7 mmまで肥厚する。腺は腺細胞の増大、内腔の拡張、著しい蛇行を示し、その粘液性の分泌物は増加する。内膜の基質の細胞も大きくなり、組織液が増して組織全体が水腫の状態となる。組織化学的には多量のグリコーゲンの沈着が、上皮細胞、腺細胞、そして基質の間質細胞(線維細胞)の細胞質に見られる。これらの受精卵の着床に備えた組織は月経によって剥脱し、月経血に含まれると考えられる。繰り返しになるが、月経血には内膜上皮細胞、間質細胞、らせん動脈等の血管構成細胞と血液成分、炎症細胞成分であるリンパ球、顆粒球、形質細胞が含まれると考えられる。
内膜は単層円柱上皮でおおわれる。上皮細胞の大部分は、基底側に偏在する核と明るい細胞質をもつ円柱細胞であるが、一部に線毛細胞をまじえる。内膜は粘膜固有層であり、粘膜下層はない。内膜そのものである粘膜固有層は繊細な細網組織からなる。すなわち、太い膠原線維は乏しく、好銀性の細網線維が存在し、星状に突起を伸ばす間質細胞(線維芽細胞)がかなり密に散在する。月経前期になると炎症細胞浸潤が認められる。弾性線維は血管壁に限られる。内膜を上下に貫いて多数の管状腺が上皮から陥入し筋層に達する。この子宮腺は丈の高い明るい上皮細胞からなり、その核は強く基底側による。その分泌物は粘液性である。血管とリンパ管がかなり豊富にある。動脈には2系統が区別される。機能層(子宮内膜の表層部)に分布する動脈は、内膜中で特異ならせん状の走行をとるので、らせん動脈と呼ばれる。この動脈は性ホルモンの欠乏に際して強く痙攣を起こし、機能層の血行障害を来してその剥離すなわち月経を招来する。これに対して内膜の最深層の基底層と呼ばれる層にはらせん構造を示さない別系の動脈が分布するので、月経の際、剥離しない。
形態学的な側面と同時に、発生学的な側面から子宮内膜を考えることは大切である。なぜなら、発生学的な側面を考えることにより、子宮内膜に由来する細胞がどのような性質を有しているものかを類推することが可能である。結論から言えば、子宮内膜は臓側間葉組織に由来する。
女性の胚子は2組の生殖管を持っている。中腎傍管(ミューラー管)は女性の生殖器系の発生に重要な役割を果たす。発生第5週および第6週の間は、2組の生殖管は存在するが未分化な段階である。ミューラー管は性腺および中腎管の外側に発生し、女性生殖器系の発生に基本的役割をはたす。ミューラー管は中腎の外側面で、両側の中皮が縦走の陥入をすることにより形成される。これらの陥入部の縁は互いに近づき、癒合して、ミューラー管を形成する。ミューラー管の漏斗状の頭方端は、腹膜腔に開口している。ミューラー管は、中腎管と平行に、胚子の招来の骨盤領域に達するまで、尾胞に向かって走る。そこで、ミューラー管は中腎管の腹側を横切って、正中面で互いに接近して癒合し、Y字形の子宮腟原基を形成する。
卵巣をもつ胚子では、テストステロンがないため、中腎管は退行変性し、ミューラー管抑制物質がないため、ミューラー管が発育する。女性生殖器の発生は卵巣およびホルモンの存在に依存しない。ミューラー管は女性生殖管の大部分を形成する。ミューラー管の頭方の癒合部は子宮膣原基を形成し、ここから子宮および膣を生じる。繰り返すが、子宮内膜は隣接する臓側間葉組織に由来する。
月経血に含まれる細胞が多分化能を有している傍証として、子宮体部に由来する特徴的な腫瘍である癌肉腫/悪性ミューラー管混合腫瘍/中胚葉性混合腫瘍がある(参考文献3)。これらはいずれもひとつの腫瘍につけられた名称である。子宮体部はミューラー管に起源をもつので、多彩な組織所見を多分化能と結びつけた解釈により、ミューラー管混合腫瘍とも呼ばれる。これらの腫瘍には、扁平上皮成分、肉腫成分が含まれ、横紋筋、骨、軟骨といった種々の細胞が認められる。この腫瘍の存在も、月経血由来細胞が中胚葉幹細胞としての振る舞いをすることを示唆している様な気がしている。
細胞の分化能に依存して、疾患対象への可能性を探ることになる。月経血由来細胞は、骨格筋細胞および心筋細胞への分化効率が高いことより、筋ジストロフィーと虚血性心疾患/心筋症に対する細胞移植リソースとして考えることが可能である。驚くべきことに月経血由来細胞には、分化誘導をかけていない状態においてもディストロフィン蛋白質を発現している。また、筋ジストロフィーモデルマウスに移植することにより、宿主の骨格筋細胞と融合してマウス骨格筋にヒト・ディストロフィンの高い発現を生じることになる。筋ジストロフィーにおける細胞移植のリソースとして、月経血は有用であると信じているが、実際に医療として行うには大動物における実験をする必要があるかもしれない。対象疾患という訳ではないが、心筋細胞への高い分化効率を利用して、薬剤スクリーニング系に利用することが可能である。
月経血から細胞が採取できるって考えたのは、全くの偶然です。月経血の中には、虚血に陥った分泌期の子宮内膜細胞が含まれていないかなと思いついただけです。月経血中には、採取の過程で細菌、カビが混入することは間違いないだろうと予想していましたが、抗生物質を使用すれば解決する問題であります。これらの細胞が、骨髄、胎盤、臍帯、末梢血、脂肪といった別の組織に由来する細胞との異同を検討することは楽しい作業でした。なお、月経はヒトと一部のサルだけに見られる現象であるが、らせん動脈の出現もこれらの種に限られるそうです。
Friday, February 16, 2007
月経血由来の間葉系幹細胞の多分化能
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