戸口田らは、間葉系幹細胞の培養過程において形質転換の初期遺伝子変化としてp16遺伝子のメチル化を指標としている。ドナー細胞における癌化モニタリングとして定量的検出システムの確立を目指す際に、どの遺伝子に注目するかは極めて意義がある。科学的な妥当性と同時に、指標として多くの研究者が理解できる科学的な報告の蓄積が求められる。そのような点でp16はがん抑制遺伝子として認知度が高く、多くのがんにおいてメチル化を生じているという報告があり、指標として適切であると考えられる。また、同時に検出感度が高い必要がある。それは、培養過程における癌化モニタリングとして、初期の変化を見るにはすくなくとも細胞1000個に一個の異常を検出できる系である必要がある。ドナー細胞の安全性にかかるバリデーションの研究は始まったばかりであり、多くの研究者が始めたばかりである。再生医療のドナー細胞の種類により指標が異なる可能性は充分に予想される。体性幹細胞のみならず、種々の前駆細胞においても異なる遺伝子が指標になる可能性がある。著者らは、爪の先から月経血までヒトの各種組織の体細胞の供給源を用意し、研究用の細胞は理研(筑波)より、医療・産業界用のものは医薬基盤研から入手可能なように寄託し、これらの遺伝子発現情報はNCBIのGEOに情報を提供した。異なる細胞で異なる指標となることは不便であるが、現実的にはありえることと予想する。さらに、universal細胞としてES細胞及びiPS細胞があるが、これらもまた体性細胞とは異なる癌化プロセスをとる可能性がある。現在、多くの遺伝子を指標として特許申請がなされており、論文として公表されるのはもう少し時間がかると予想する。また、ドナー細胞の移植を中止するだけの根拠となるメチル化の程度についても明確な基準が必要となる。指標となる遺伝子プロモーター領域を網羅的に解析して、判別式を作成し、移植するドナー細胞の腫瘍化の可能性のCut off値を決めていくことが現実的な作業であろう。
薬事法上の再生医療に関する指針(ガイドライン)に、エピジェネティクスの網羅的解析が記載されている(文献7, 8, 9, 10, 11)。2008年2月及び9月にヒト由来細胞・組織加工医薬品等品質及び安全性の確保に関する指針(医薬発第1314号)が改訂され、ヒト由来細胞を「自己」由来細胞(薬食発第0208003号)と、「同種」由来細胞(薬食発第0912006号)との2つに分けて示された。これにより、品質及び安全性の確保のための手段がより明確化され、再生医療用医薬品の研究開発に拍車がかかるものと期待されている。また、さらに体性幹細胞(自己、同種)、ES細胞、iPS細胞(自己、同種)に関して、それぞれヒト幹細胞加工医薬品等の品質及び安全性の確保に関する指針(案)が発表された。全ての幹細胞に対する指針(案)の中で、注として「試験的検体を用いた検討に際して、特異的マーカーに加えて、網羅的解析を用いた解析が有用な場合もある。」と指摘しており、その網羅的解析のひとつにエピジェネティクス(DNAメチル化)が挙げられている。すなわち、新たな局面を迎えている再生医療・細胞治療分野において、選択すべき重要な細胞特性指標としてエピジェネティクスに注目が集まっている。
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