1.はじめに
多くの疾患において未だ根本的な治療方法の確立がなされていない中、厚生労働科学研究事業の「難治性疾患対策研究生体試料等の収集に関する研究」により収集された患者試料を集中化して品質管理を行う「難病研究資源バンク」を創設し、難治性疾患克服研究のより一層の効率的推進がなされている。その基盤研究におけるリソースとして、不死化している、していないにかかわらず、ヒト細胞は極めて重要な位置を占める。従来は、個々の研究者間ないしは研究施設間における譲渡が行われてきたところではあるが、現在は国内および世界レベルで細胞バンキングが行われてきている。本稿では主に培養された細胞におけるバンキングに中心をおくが、それが初期培養においては生体試料の側面が大きくなるためタイトルには生体試料の意味合いを含めた。また、細胞は正常細胞が多いわけであるが、遺伝病の患者より提供を受けた細胞の場合はその疾患のモデル細胞となる。そこで難病克服に係る治療法や医薬品の開発を促進し、その研究成果を臨床機関にフィードバックすることを目指す取り組みを含めた細胞バンキングの現状を紹介したい。
2.貴重な患者検体・細胞が冷蔵庫で眠っていないか。
国内および世界レベルで細胞のバンキングが行われているが、実際には細胞バンク施設に寄託されている細胞よりも実際には個々の研究室に保管されている細胞が種類としても数としても相当数存在しているものの、論文に記載されていない場合、アクセスできないどころか存在することを知ることすらない。その点、細胞バンク施設では、具体的な細胞の種類ばかりか情報を提供しており、管理の意識も高いことよりその意義は極めて大きい。病気を細胞レベルで明らかにできる時代が来たこと自体は喜ばしいことであるものの、患者から細胞を得ることができる医師と、その疾病のメカニズムを明らかにし治療法を開発したいと考える研究者との間には、遠い距離がある。現在は細胞レベルで解析できる病気といっても腫瘍か稀な代謝性疾患といった遺伝病のみが解析のターゲットになっているが、今後はより患者数の多い疾患に対してその診断・治療の矛先が向いていくこと間違いない.
細胞レベルで研究を進める場合、知りたい病気の細胞そのものについてアプローチする場合がある.わたし自身も小児の難治性腫瘍であるEwing 肉腫の研究をしてきたが、研究を進める過程で少々もったいないなと思うことがあった。それは腫瘍細胞を研究していく過程で、臨床経過・病理形態情報・遺伝子情報が詳細に検討されていても、研究が迷宮入りし中止した場合はそれらの情報または冷蔵庫で細胞が眠ってしまった。他にも染色体に変異がある患者細胞を解析する機会を得たことがある。詳細な臨床経過を医師が情報として提供され、十分な量の細胞を快く供与してもらった。しかし、少なくとも解析できる範囲ではこの患者で我々が注目していた遺伝子の変異を発見できなかったことより、その細胞を用いた研究は終了した。疾患の頻度が多くない場合、その疾患の原因を明らかにしたい研究者にとっては供与していただいた情報は極めて貴重なものである。また、その患者の情報だけでなく、質のよい細胞が冷蔵庫(実際には液体窒素タンク)に保管され二度と日の目を見ないと予想され、これらの貴重な情報・遺伝子資源を放置することで罪悪感を当時私は感じた。
臨床情報、病理形態情報、遺伝子情報がデータベースになり、その疾患の細胞資源を疾患の原因を解明したい研究者が共有できるようになると、無駄になってしまっていたことが役に立ち、時間的にも金銭的にも節約できることが多いはずである。各医療施設レベルで病気のカタログを作製し、患者検体を自由に渡すことができる場合はこの情報はより活きたものになるであろうし、細胞資源バンクといった形で管理された状態で保管されていれば理想的である。寄託者と譲渡される者との間で相互の利益が一致すると理想的である。細胞バンキングとは、眠っている情報・資源を揺り起こしてあげる仕組みとも言える。
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