編集後記(2002年, 79 (3))
良い論文との出会いは、幸運である.読んでいて、感動を呼ぶ.作者と新しい真実を共有することが可能となり、幸せな気分になる.
多くの感動的な論文に出会ったが、慶應義塾で行われた研究論文での驚きはいくつかある.一つは、癌遺伝子として知られている活性型rasが褐色細胞腫の細胞株に対して分化を促進することの発見である.培養皿の中で、増殖の悪かった褐色細胞腫の細胞に対して増殖を促進しようとして、米国帰りの優れた研究者が活性型rasを導入したら、増殖が上昇するどころか逆に分化してしまった研究は、学生だった私にサイエンスに対して純粋な感動を呼び起こした.こんな研究者の世界に混じりたいという欲求が湧いてきたのを強く覚えている.二つ目は、がん抑制遺伝子WT1のイントロンに変異が生じることで、男女の性別が逆転する事実である.がんに抑制する遺伝子が性決定に関わるという事実に対する驚きとともに、ヒト遺伝学のキレの良さを痛感した.最終的にこのヒト遺伝病での発見がひとつの分子の機能、性決定、がん抑制に関わる多くの真実への発見につながった.その事実が後に、変異をマウスに導入することで実証できたことも、素晴らしいと思った.3つ目は、中胚葉系由来の細胞が外胚葉由来の神経細胞に転換することを試験管内で目の当たりにしたときである.細胞転換に関する「網膜色素細胞からレンズへの変身」を教えて貰ったのは中学生のときであるが、哺乳類動物の細胞も変身できることは初めは信じることはできなかった.「トンビがタカを生むか?」どうかといった再生医療に関する発展性への期待もさることながら、細胞の個(アイデンティティ)とは何で、細胞の初期値ってなんだろうと考えさせられた.
今回の編集をさせていただいて、多くの興味深い論文を今月号に掲載された.MPSⅦモデル・マウスに対して、遺伝子治療が有効であるという事実は、すぐにでも臨床応用できそうでワクワクした.講座・話題も勉強させていただいた.うつ病に関する話題も分野外であるがたいへん興味深く読んだ.さまざまな分野の論文が掲載される慶應医学の良さであると思う.前立腺癌、天疱瘡、免疫、アルコール、接着、膠原線維、虚血、機械刺激、多型に関する研究の全てがレベルが高い.編集にたずさわることができた幸せを実感している.ありがとう.
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